2026/04/19

Shivalayaa Yoga Shala 訪問記 PartⅡ ~2026年・春~

インドでの体験を少しずつですが、綴っています。どうぞ皆さまも、想像力を高め、その場にいるかのような心持ちでお読みください。

パートⅡは、食事作りを軸に綴ります。

【いつも】sada(サダー) - always -

とある日。ディクシャ先生と一日を共にする時間がありました。

◎食事作りのお手伝い◎

まずは買い出しから。ディクシャ先生の軽快なハンドルさばきで、近くの市場へ向かいます。山道を走りながら、先生は何度も「ダイジョブ?(大丈夫?)」とわたしの様子をうかがってくれました。その気遣いは、どこまでも自然体です。

市場に着くと、先生の眼差しは真剣そのものでした。野菜の鮮度や痛み具合を入念に確かめてたくさんの野菜を仕入れます。店頭でも「Kaoruさん、ダイジョブ?」と声がかかります。

その一連の動作をみていて気付いたのは、ディクシャ先生は「気遣おう」と努力しているのではなく、その優しさや真剣な眼差しこそが「その人そのもの(being)」なのだということです。特別な行為(doing)としてではなく、日常のすべてが「sada(いつも)」、愛と調和の中にありました。

買い出し②.jpg


◎祈りとしての料理◎

SYSの食事は、本当に美味しすぎます。過度なスパイスや、肉や卵、たまねぎを使わないインド版精進料理ですが、普段からスパイスや香草をそれほど使用しないわたしの身体にも、すんなり馴染んでいきました。

「今日は胃腸に負担がかからない、消化の良いものを作ります。(わたし以外のメンバーはガンゴトリへ観光に行っており、往復7時間ほど車に揺られて帰ってくるので)パンプキンスープを作りましょう!Kaoruさんも一緒に、OK?」とのこと。わたしをそのスープ作りに関わらせてくれたのは、先生の愛情からくるものであることは明らかで、言葉や形を超えて、柔らかい光の粒が届くような感覚で伝わってきました。

お料理①.jpgのサムネイル画像

材料を切る、とき、使い込まれて形が変わったまな板に目を奪われました。これほど、毎日、使っている。いつも愛用しているまな板。プラスチックでは味わえないその変形は、共に「いつも」食事を支えてきた証であり、道具にさえ魂が宿っているような愛おしさを感じさせます。


◎聖なる食事◎

パンプキンスープがほぼ出来上がり、味見をします。(本来、味見は禁止です。が、この度は一緒に作ったので、これでいいかな?と確かめる必要があったので味見を特別にしたのですが)ここで、わたしはひとつの失敗をしました。味見をしたお皿を、無意識にキッチンカウンターへ置いてしまったのです。

ディクシャ先生が「あっ」と皿を遠ざけ、キッチンの隅の台へ移動させました。口にしたものは純粋ではないので、それを神聖な場(キッチンカウンター)に置かないこと。そして、まず、食事は神様にお供え(プラサード)してからいただくこと。それが「いつも」の習慣なのです。神様と共に、神様との関係の中に暮らしが成り立っています。

キッチン神様.jpgのサムネイル画像

わたしたちは「体に良いもの」という基準で食事や食品を選びがちですが、ディクシャ先生の献立は、その日の暮らしに応じたメニューが並びます。例えば、今日は車に揺られて帰るだろうから胃腸に負担のないものを、といったように。

新鮮な食材に、その日の暮らし「生命の活動」が加味され、その意図(慈悲)と共に、

わたしたちの生命活動を維持するために必要な食物が目の前にあること(宇宙の恵み)への感謝が込められて食事が出来上がります。

そしてそれで終わりではなく、その食事はまず神様に捧げられます。

自分で作った料理であっても、「自分個人の成果ではなく、神(宇宙)から与えられたもの」としてその行為(私が作ったという執着)を手放すのです。神様にお供えしたあとの食事は、単なる「体に良い食べ物」ではなく、神様のエネルギーが吹き込まれたプラサード(神からの授かりもの)「聖なる食事」へと変化します。みんなでお祈りをしてから頂く食事は、言葉では「美味しい」としか表現できませんが、純粋なエネルギー(サットワ)に満ちていました。

そしてそしてそれだけでは終わりません。「美味しい」だけではなく、その純粋な食事がわたしたちの体に浸透していき、わたしたちの修行を助けてくれます。心身の浄化、意識の浄化が促され、より深い気づきへと導く助けとなって働いてくれるのです。実際に、わたしはそれを体験しました。

ネタラでは、感覚が研ぎ澄まされ、理解に繋がるさまざまな言葉(インスピレーション)が降り注いできました。それらをサラサラとメモに書きとめました。頭や思考の介在しない、引っかかりのないあの感覚を今も鮮明に覚えています。帰国後も、その感覚を鈍らせないよう、そして少しでもその印象を刻み込むよう意識しています。

そのひとつが、この「ブログを書く」という行為です。降り注ぐものの流れを止めてしまうことなく、流れる道をつくり、整えている感じがします。このような場を与えてくださっていることに感謝しつつ、書き留めたメモを見返しながら、パートⅢへと続けていきます。


ディクシャ先生が大切にされている、食事と祈りについて。以前、日本の皆さんに向けてオンライン講座を開催してくださいました。

「Prasad/食事のヨガW.S.」(2023年9月12日開催)

先生の温かなエネルギーに触れ、日常の食事を聖なるものに変えるヒントを、皆さまと分かち合えると幸いです。プラサードについて興味をもった方は、ご一報ください。(アーカイブ受講ですので、いつからでも受講可能です)