2024/05/12

「悦び」と「喜び」

今日のオンライン「朝ヨガ」(5/12)では、いつもとは少し違ったことを話しました。

普段は、ヨガの基本に立ち戻るため(それぞれの行法が、我流にならないよう)注意を添えたり、より深い気づきを得るためのきっかけ(糸口)になるような声かけをしたりしますが、

今日は、「こんな感じが得られませんか?こんな風に感じませんか?」といった、個人の主観に基づいた話をしました。

普段は、「どんな感じがするか」(どんな感覚が得られるか)は、人それぞれなので、なるべく、わたしの体験を伝えないようにしています。生徒さんの中には「先生のような体験(体感)を得るのが正しいのだ」と思い込み、自分の中でそれを作り出してしまう恐れがあり、それでは、本来の「内なる観察」からは遠ざかってしまうからです。

ですが、今日は敢えて、わたしの得ている感覚を伝えました。

というのも、最近では、ヨガの効果(効能)ばかりが、ひとり歩きして、それを素早く得ようとしたり、その効能が得られるならヨガをしようとしたりと、まるで、自分の過不足を調整するのがヨガであるかのように、その印象が強くなっている気がしていて(もちろん、効果は、自然に手にすることができるのですが)ヨガって、もっと単純に、行法や呼吸を通して「感じる」こと。ーただただ、どんな感じがするのか、体内観察に夢中になれるのがヨガですよーということをお伝えできれば…と思ったのです。

存分に、自分の内側に留まり観察を続けるうちに、条件付けではない「悦び」に触れ、そのような悦びがあることを体感します。健康だから、とか、生きているから、とか、そういった条件をも超えた、そういう「生きている時間」という時間の制限もなく触れる「悦び」。

日常、わたしたちが感じている「喜び」は、何かしらの条件下(外からの刺激に対する反応)で起きる「喜び」という感覚であり、外からの刺激によらない(条件付けではない)「悦び」を、体験することはあるでしょうか?

何十年ヨガをしていて、この、ヨガの「悦び」に、飽きることがありません。そしてこの先も、この「悦び」が尽きることはないように思います。

どうぞ皆さまも、内なる感覚を研ぎ澄まし、悦びに触れてみてくださいね。