『母の日』

今年の「母の日」は5月8日でした。そして、とても思い出深いものとなりました。

かねてより一度経験したいと思っていた「インドからのオンラインレッスン」をその母の日に受講することができたのです。しかも、私のいつもの先生と同室での受講。私は目にトラブルがあり、細かい字は見づらく、パソコンの取り扱いも不得手です。そのため、私の先生が傍らについてくださり、サポートしてくださったのです。

講座の内容は、「3つの浄化法(呼吸法も含む)」と「アーサナ」でした。講師のナヴィン先生の満面の笑み、そしてchii先生の優しい日本語通訳で、最初から私は自然体で臨めました。あっという間の3時間半でしたが、一つ一つのレッスンに、ゆったりとした時の流れを感じました。

「鼻洗浄」の時に「適温の塩水をつくりましょう」という声掛けがあり、実はとても驚きました。私は全てを準備しており、あとは塩水をネティポットに入れるだけだったのですから。「そうだ、お任せすればいいんだ!」、ようやく気がつきました。ここからは、さらに私は楽な気持ちになったのは言うまでもありません。

私の前にはパソコン画面のナヴィン先生、そして横には私の先生。画面のナヴィン先生を見ながらの受講でしたが、時に私は横を向いて笑ったり指示を仰いだり頷いたり、という様子から、ナヴィン先生が私のことを「先生のお母さん?」と聞かれたのです。つい、クスッとしてしまいました。横で先生に見守っていただいていることはよく分かっていましたが、同じ空間にいて遠慮することもなく、レッスンが楽しくて仕方ありませんでした。これは陰で支えてもらっているという安心感から来ているのも分かっていたことですが。

目が悪いのでパソコンの画面ギリギリに近づいて座り込んで、見て、そして理解すると動きやすいようにパソコンから離れて後ろへ移動、これの繰り返し。よく見えない時には横の先生のポーズを見て……。その時、教師と先生という境界が無くなっていることに気づきました。愉しい時間、解き放たれた心をいただきました。レッスンが終わるころ、胸の奥が熱くなってくるのを感じました。先生にとっても大切なはずの「母の日」をいただいて、申し訳なくもあり、ありがたくも思いました。

その日の夕方、去年はベビーカーだったのですが、今年は幼児の手を引いて娘が挨拶に来てくれました。感謝の一日でした。

2022年5月19日(記:満嶋)


『八朔ジャム』

4月に入って暖かくなると私の柑橘ジャムのシーズンが終わります。毎年、11月末から柚子、レモン、年明けてオレンジ類のジャムを作ります。今年はグレープフルーツ、夏みかん、八朔をいただき、それぞれの味も楽しみました。いただいた果実はいずれもご家庭で育てておられる柑橘。中には種から育てられたものまで。

私はジャムを作る前に、まず、それぞれの実を食べて味わいます。そして作る日を決めます。たっぷり時間がある時もいいし、忙しい日にわざと作業を当てることもあります。

作り方は皆さんと大差ないと思いますが、下拵えとして皮と実に分けます。皮は同じ大きさに細かくリズミカルにただただひたすら千切りです。集中そのものです。それを大きな鍋に入れ水に漬けて翌日の本番まで寝かせます。次に中身は実と嚢と種に選別し、後から取り出すために嚢と種は"だしパック"に入れておく。そして、いよいよ当日、千切りの皮は水で何回も洗った後、鍋に入れ、実と、パックと、水、砂糖、レモン汁で煮込んでいくのです。

ここからは時間のかかる作業です。鍋の中で果物の色、形が変わっていくのを見ながら、みんな混ざって一つになると思えてきます。ひたすら、ぐるぐるぐるぐる、木ベラで大きくゆっくり、ひたすら鍋底から混ぜます。鍋の中でジャムが小踊りを始め、ジャムが冷めても滑らかさがあると思えた時が、火を止める頃合いです。

毎回このように作ってきたのですが、今年の最後の八朔だけは、実は私の勘が働きませんでした。いつものように八朔の実を食べた時、「この味はジャムにしないでこのままの食べた方がきっと美味しい」と思った八朔でした。でも、鮮度の良いうちにと始めてしまいます。ところが、鍋に向かっても、心が揺れる。八朔の風味を損なわずに作りたいという思いが強すぎました。無心で混ぜてジャムを作るのはとても楽しいです。「お味はお任せ」の境地です。でも、そこに作り手の思惑が入ると、ぐるぐると木ベラを回す手が重くなります。レモン汁や砂糖の微調整も火の止める感覚も鈍くなったのだと合点しました。

今年のジャム作りでの一コマでしたが、料理でも、掃除でも会話でも、生活の中で「自分の有りようを観つづける」ということができれば自分の成長につながるかもしれないと思ったことでした。

2022年4月4日(記:満嶋)


『初心』

年賀状を交わした友人に、ふと電話をかけてみました。年末年始のご挨拶(安否確認)だけでなく、なんとなく話をしてみようと思って。すると、友人がここ一年余り、悩んでいたことを知ることになりました。

その悩みとは、夜になってもなかなか眠りに付けずにとても辛いと言うのです。以前の私なら「こうしてみたら?」と熟考することなく、すぐに思いついたことを答えていました。でも、その時はただただ聞き役に徹しました。

電話を切って、私が伝えたいのは「均等の呼吸法」だと自分で確認しました。呼吸法をどうしたら実践してもらえるのか、どう説明したら良いのかなどと考え、「段階を踏んで進んでもらう」ことにしました。

1)まず普段の自分がどんな呼吸をしているのかを少し日にちをかけて意識してみる

2)次にゆっくり吐く・ゆっくり吸うという呼吸を繰り返す:この時には吐く・吸うの長さは考えずに自然体で続ける

3)最終段階としては、仰向けに寝て、呼気と吸気が均等になる秒数を探る:リラックスして自分にとって心地よい長さを求めて。

改めてそのように伝えました。

二月の初め、連絡が来ました。1ヶ月ほど時間をかけてゆっくりと呼吸法を続けていたら、眠りにつける日が少しずつ増えてきたと言うのです。いつも「寝なくてはいけない」ということに囚われていて焦っていたことに気がつき、呼吸法を続けているうちに「呼吸に任せよう」と思えて全身の力が抜けたと知らせてくれました。

これを聞いた時、私は友人の「初心」を感じました。真っ白な気持ちで私の話を受け入れてくれて、友人自らが大切なことに気づいてくれました。

人に伝えることの難しさと、忘れてはならない初心、この2つを友人から教わったように感じています。

2022年2月16日(記:満嶋)


『年頭に』

新しい年を迎え、どんな年にしたいかと思いを巡らせた時、ある日のヨガ・レッスンを思い出しました。

「立ち木のポーズ」の時でした。片足立ち1分間〜胸の前で合掌〜次に頭の上で合掌〜次に目を閉じて....と、

いつも出来ていることをそのままずっと続けるのではなく、

「自分で梯子をかけて登っていき、それが出来たらその梯子は外し、またさらに上に梯子をかけて登っていく」というような内容の心の持ち方の指導であったと思います。

これにはハッとさせられました。

まるで日々の私のいろいろな行動にも当てはまると思えたからです。

ピアノ練習なら難しいところは飛ばして弾けるところだけを繰り返す...、文章なら書きやすい部分で止まってしまい先へと進めない...、等など。

こう振り返ってみると、頭の中が整理されていないことにも気が付きます。

長年続けてきた趣味の語学にせよ、ボランティア活動にせよ、少し取り組み方を変えてみようと思いました。

同時に、頭の中を整理しながら生活するという習慣が身につくような一年になりますように。

2022年1月26日(記:満嶋)


『繋がり』

人生二度目のアルバム整理を始めた。一度目の整理では子供たちが独立して家庭を持った時に何冊かに写真をまとめて手渡した。二度目、どの写真を誰に残すか…と考えると手が止まってしまった。

親の代の写真、またその上の時代のもの…と写真整理に思いあぐねていた時、テレビでイタリアの小さな村のことを知った。

エリチェというその街では、一年に一度「死者を迎える日」がくる。子供たちは空き缶に小石を入れて鳴らしながら、そして「ご先祖さんが帰ってくる」と歌いながら街を練り歩く。その夜に大人はたくさんの先祖の写真立てをテーブルに並べ、その人物について語る。お祈りをした後、子供たちは眠りにつくという内容だった。「先祖が戻って来て、また帰っていく、そして先祖は私たちを見守ってくれている」というのはまるで日本のお盆のようだと思った。

そこから、三代、四代とお雑煮のレシピや味付けが受け継がれてきていることや、祖父母や曽祖父母の思い出を語り合うことも、昔と今をつなぎ、人と人を結びつけていることに改めて気がついた。

アルバム、写真という形にこだわっていた自分にも気がつけたように思う。

2021年12月20日(記:満嶋)


『振り返ってみて––』

昨年末からコロナ禍での長い期間のステイ・ホーム。私自身、どう過ごしたのかと少し振り返ってみました。まず、気が付いたことは、こんなことが無ければおそらく経験できなかったと思われるヨガや習い事のオンライン!もちろん、オンラインではしっくり来ないこともありますが、この年齢で新しい技術に触れることができたのは新鮮でした。

主体的に実行できたことと言えば家の中の片付け。終活につながる断捨離の準備が出来たように思えます。新しいデザートの開拓、料理の新たな工夫も、時間をかけてゆっくりと本が読めたことも嬉しいことでした。それと遠方の友人との声の交換。思い返せばステイ・ホームは"抑制"というよりは、どれもこれも自分の中の好きなことを意識せずに行うことができた時間だと思います。

そのうちに、私に苦手なことは何だろうかとふと考えてみました。今年の1月頃のことでした。あ、散歩!歩くこと自体は嫌いではないのですが、ふらっと気ままに、予定を立てずに、というような散歩はちょっと。それでも挑戦してみることにしました。初めのうちは、何度も時計を見たり、帰宅後すぐにスマホの万歩計の歩数を確かめたり、とせかせかしていました。ブラブラという散歩、歩きたいと思ったから歩くという散歩は、実は今でもまだ苦手かも知れませんが、以前よりは馴染んできた感じです。

苦手だと思っていた散歩をはじめてみて思ったことは、物事には表と裏、光と陰のように両面があって、好きなことと嫌いなことも、それぞれ1つのことを別の面から見ているだけかもしれないということでした。

ステイ・ホームで図らずもたっぷりの時間を与えてもらって、好きでも嫌いでも、やってみようと思えることを実行に移せたことが喜びとなりました。

2021年10月25日(記:満嶋)


『一歩、一歩』

ヨガを長く続けてきました。

その中でいろいろと教わってきました。

教えは奥深く、同じ話を何回も教わっても決して飽きることはありません。それは、アーサナでも同様です。

毎回、同じポーズでの指導を受けるのですが、そのたびに初めて行うような新鮮さを感じます。同じ教えを伺っても、同じアーサナをしても、その一瞬一瞬が違うからだと思います。自分の心の様子や、身体の状態によって、一瞬の捉え方が変わります。ふと気づくと、言葉の響きや、動きに伴う空気の流れみたいなものを体感できるようになっていきます。そして、これは心を観察することに繋がっているのでしょう。

ゆっくり歩み、1つ1つ気づきを身に付け、また一歩、また一歩、ヨガを続けます。

2021年9月2日(記:満嶋)


『講演会に思う』

6月下旬、私が所属しているボランティア団体のイベントに参加しました。

その催しの1つに那須正幹さんの講演会がありました。己斐を舞台にした児童文学「ズッコケ3人組」の作者です。

そのお話の中で那須さんは参加者やオンライン視聴者に向かってこう問われました。

「皆さん、子どもに早く早くと急かしてはいませんか?」と。

5歳から12歳までの7年間の「子ども時代」を、しっかり子どもとして過ごすことの大切さを力説されました。

那須さんの言葉をそのまま引用すると『子どもをする』という表現でした。

一体どうしたら、子どもに「子ども時代」を過ごしてもらえるのだろう。

子どもの理解が早いことや何でもすぐに出来ることを良いことだと親も大人も考えてしまいがちです。でも、その中で、子どもが「子どもとしての時間」を過ごすためには、大人が「辛抱強く待つこと」が大切だと私は思いました。

なかなか難しいことかもしれませんが、子育て中の親御さん、教育現場の先生方はじめ大人という大人みんなが、社会全体で「辛抱強く待つ」ということを務めていくべきだなぁと思いました。

2021年7月19日(記:満嶋)


『古江の集会所』

今日は初めて古江集会所でヨガを行いました。

その集会所についてお知らせしたいと思います。

古江集会所は古江電停から山側に向かって上がった所にあります。

因みに、古江という地名は「古い入江」からきたものとのことです。大昔、海に接する土地があったのでしょうか?話がそれてしまいました。

さて、山側に向かって行くと、少しずつ体が傾斜していき、歩幅や歩き方を意識してしまいます。常日頃に平地しか歩いていないので、妙に懐かしく、坂というものを登っていく感覚になりました。そして道に沿って、たくさんの家々、行き交う車の多さにも少し驚きました。ちょうど下校時の子供達は坂道や車の往来を熟知している様子で、止まるか進むかの早い判断に感心しました。分かれ道を2回ほど過ごすと右手に無花果の木々。ここまで来たらそろそろ。そう、左手に白っぽいコンクリートの2階建て、古江集会所に到着。7分程度ですが、少し体を動かせたという感があり、良い行程でした。

いざ、集会所の中のホールでヨガを行います。

そこはとても広く、全照明を点灯するととても明るく、大きな窓に囲まれているので、通気性も開放感もあります。使い込まれた床は掃除が行き届き、色画用紙に書かれた優しい言葉の標語から、この場所を大切に使って来られた気持ちが伝わってきます。

そんな人々が集う場所に、私は坂を上がって来て、そして下がって帰ります。

ある人はその逆で、またある人は横に移動して。

何でもない当たり前のことを、坂によってふと思えた一日でした。

2021年4月12日(記:満嶋)